2008年04月24日

光市母子殺害事件差戻審に感じる量刑感覚

http://mainichi.jp/select/jiken/graph/hikari/
光市の母子殺害事件の差し戻し控訴審が広島高裁であり、被告人に死刑の判決を言い渡した。


06年に最高裁が無期懲役の1審、2審の死刑を回避するほどの情状酌量理由がないとして高裁に差し戻して2年。差し戻し審での公判で被告人は一転して殺害を否認した。しかし、その主張はあまりにも突拍子もなく、判決文の言葉を借りれば「荒唐無稽な主張」だったと言える。
判決は死刑となった。今回のこの判決では死刑を適用することについて緩和されたとでも言えそうな判決であったろう。

死刑適用の基準としては最判によるいわゆる「永山基準」がある。1.犯行の罪質 、2.犯行動機、3.犯行態様(殊に殺害手段方法の執拗性、残虐性)、4.結果の重大性(殊に殺害された被害者の数)、5.遺族の被害感情、6.社会的影響、7.犯人の年齢、8.前科、9.犯行後の情状、を基準として考慮し、罪刑の均衡や一般予防の見地からも極刑やむなしな場合に死刑を許されるとしている。
今回の判決では、それまで未成年(18,19歳)の場合結果重大性の部分で4人以上で許されるとされていたが、成人同様2人で許されることとなった。むしろ、罪質、態様の残虐性や動機の身勝手さ社会的の影響が大きかったとして1〜3や6を重視したと考えられ得るが、一般人の感覚に近く、厳罰化の流れに即したとも言い得るだろう


しかし、主張について、これは本当に本人の真の供述なのか、弁護団が作り出した筋書きだったのだろうか。むしろ私は後者と感じるが、だとしたら本当に非難されるような荒唐無稽な筋書きだったろう。確かに弁護団が被告人を守るのは役目であるし、世論を気にして尋問の答えを作るものではないのは分かる。しかし、あのような虚偽の弁解では反省も感じられないし、信用は得られなかったのは当然なのかもしれない。
そのあたりは判決文にも表れたと思える。判決文の書き方も世論に近く、というか、むしろ弁護団や検察の要旨に一つ一つ応答しながら世論で思うことを裁判所が書くとこういう言い方になると言ったような強い書き方にもなったとも思える。

裁判員制度が来年5月には施行されると言うが、一般人感覚の量刑感覚となることができるのだろうか。しかし、基準が緩くなった分個々の事案によって死刑を判断することとなるという見方もあり、裁判員が死刑を選択しやすくなったようで実は選ぶには勇気がより要るのではという見解も存在する。この判決による基準が裁判員の感覚に本当に近づけたと言えるものになるのだろうか。

なお、本件は弁護団側が即日上告している。とはいえ、最高裁は事実の審理というより法律審であるし、法令違背や判例に著しく反するものと言いにくいと考えられるだけに、長くならずに結審になるのではないだろうか。
posted by Naru2 at 00:46| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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